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王様は、妖女(ようじょ)のおばあさんのよげんしたさいなんを、どうかしてよけたいとおもいました。そこで、その日さっそく、国じゅうにおふれをまわして、たれでも、糸車につむをつかうことはならぬ。家のうちに、一本のつむをしまっておくことすら、してはならぬ。それにそむいたものは死刑(しけい)にすると、きびしくおいいわたしになりました。
さてそれから、十五六年は、ぶじにすぎました。あるとき、王様とお妃様が、おそろいで、離宮(りきゅう)へ遊びにお出かけになりました。そのおるすに、ある日、若い王女は、お城の中をあちこちとかけあるいておいでになりました。するうち、下のへやから上のへやへと、かけあがって行って、とうとう塔(とう)のてっぺんの、ちいさなへやにはいりました。見ると、そこには、人のよさそうなおばあさんが、ひとりぼっちですわっていて、つむで糸をつむいでいました。このおばあさんは、つむを使ってはならないという、きびしい王様のおふれを、つい聞かなかったものとみえます。
「おばあさん、そこでなにをしているの。」と、お姫さまはたずねました。
「ああ、かわいいじょッちゃん、わたしゃ、糸をつむいでいるのだよ。」と、おばあさんはいいました。
このおばあさんは、王女がたれだか、すこしも知らないようでした。
「まあ。」と、王女はいいました。「なんてきれいなんでしょう。それはどういうふうにやるものなの。あたしにかしてごらんなさいな。あたしにもできるかどうか、やってみたいから。」
お姫さまは、こういって、そのつむを、手にとりましたが、それは持ち方がいけなかったのか、たいへんあわてて、ぶきような持ち方をしたのか、それとも、あのわるい妖女(ようじょ)ののろいのことばが、いよいよしるしをあらわすときになったのか、とたん、つむは、いきなり王女の手にささって、王女はばったり、そこに倒(たお)れてしまいました。
人のいいおばあさんは、あわてて人を呼びました。みんな、お城のそこからもここからも、かけ出してきました。お姫さまの顔に水をそそぎかけたり、ひもをといて着物をゆるめたり、手のひらをたたいてみたり、ハンガリア女王の水という薬で、こめかみをもんだり、いろいろにしてみても、王女は息をふきかえしませんでした。
さて、王様はこのさわぎを聞いて、さっそくかけつけておいでになりました。そうして十五年むかしの妖女(ようじょ)のよげんを思い出しながら、やはりこうなるうんめいだったことをさとって、お姫さまを、そのまま、お城のなかでも、いちばん上等のへやにつれて行かせ、金と銀のぬいとりをした、[#「、」は底本では「。」]きれいなねだいの上にねかしました。
ねだいの上に、すやすや眠っておいでになるお姫さまの、美しさといってはありません。それはちいさな天使だといってもいいくらいでした。人ごこちがなくなっていても、生きているとおりの顔いろをしていて、ほおは、せきちく色をしていましたし、くちびるは、さんごをならべたようでした。目こそつぶってはいますものの、かすかに息をする音は聞こえます。それで、王女が死んでいないということがわかったので、まわりについている人たちは、よろこんでいました。
王様はそこで、やがて人が来て、目をさまさせるまで、しずかにねかしておくようにと、きびしくおいいつけになりました。
さて、王女を百年のあいだ眠らせることにして、やっと、あやういいのちをとりとめた、あの心のいい妖女は、ちょうどこのさわぎの起こったとき、一万(まん)二千里(り)はなれた、マタカン国に行っていましたが、その使っているこびとから、この知らせをすぐうけとりました。そのこびとは、『七里とびの長ぐつ』といって、ひとまたぎに七里ずつあるく長ぐつをはいて、かけて行ったのです。それで、妖女(ようじょ)はさっそくそこを出て、竜(りゅう)にひかせた火の車に乗ると、ちょうど一時間で、王様のお城につきました。
王様は、お手ずから、妖女を馬車から助けおろしました。妖女は、王様のなさったことを、すべてけっこうですといいました。でも、たいへん先のことのよく見える妖女でしたから、百年ののちに、お姫さまがせっかく目をさましても、この古いお城の中に、たったひとり、ぽつねんとしているのでは、どうしていいか、わからなくて、さぞお困りになるだろうと思いました。
そこで、なにをしたでしょうか。妖女は、魔法(まほう)の杖(つえ)をふるって、王様とお妃をのぞいては、お城のなかの物のこらず、それはおつきの女教師(おんなきょうし)から、女官(じょかん)から、おそばづきの女中(じょちゅう)から、宮内(くない)官、表役人(おもてやくにん)、コック長、料理番(りょうりばん)から、炊事係(すいじがかり)、台所ボーイ、番兵、おやといスイス兵、走り使いの小者(こもの)までのこらず、杖(つえ)でさわりました。それから、おなじようにして、べっとうといっしょに、うまやでねている馬も、裏庭に遊んでいるむく犬も、お姫さまのねだいの上で眠っているお手飼(がい)の狆(ちん)までも、みんな魔法の杖でさわりました。
魔法の杖でさわると、すぐ、たれもかれも、なにもかも、たわいもなく眠りこけてしまって、お姫さまが目がさますまでは、けっして目をさましませんし、お姫さまに用事ができれば、いつでも目をさまして、御用をつとめるはずでした。なにもかも眠ってしまったといって、それはかまどの前の焼きぐしまでが、きじや、やまどりの肉をくしにさしたまま、やはり眠ってしまいました。これだけのことが、みんな、ほんの目(ま)ばたきひとつするまに、できあがってしまいました。妖女(ようじょ)というものは、まったくしごとの早いものですね。
さてそこで、王様とお妃とは、お姫さまのひたいに、そっと、やさしくほおずりして、お城から出て行きました。そうしておいて、たれもお城に近づくことはならないという、きびしいおふれを、また国じゅうにまわしました。
でも、そのおふれは、わざわざ出すまでもありませんでした。なぜというに、十五分とたたないうち、お城をとりまわしている園(その)の中に、たくさんの高い木やひくい木が、もっさりと茂(しげ)りだして、そのあいだには、いばらや草やぶが、びっしり鉄条網(てつじょうもう)のようにからみついてしまいましたから、人間もけだものも、それをくぐってはいることはできなかったからです。
そういうわけで、しばらくすると、そとから見えるものは、お城の塔(とう)のてっぺんだけになりました。それも、よほど遠くにはなれてでなければ、見えないのです。これも、妖女のみごとな、はなれわざだったことがわかりました。こうして、王女は眠っているあいだ、たれひとりおもしろ半分、のぞきにくることもできないようになったのでございます。